大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)233号 判決

判  決

東京都世田谷区東玉川町六三番地

原告(反訴被告)

岡部亘良

右訴訟代理人弁護士

新宮賢蔵

横浜市南区若宮町二丁目二二番地

被告(反訴原告)

熊谷茂子

右訴訟代理人弁護士

我妻菊次

当事者間の昭和三五年(ワ)第五、三八四号土地建物登記抹消手続請求事件、昭和三六年(ワ)第二三三号同反訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

一、被告は原告に対し別紙目録表示の不動産について東京法務局世田谷出張所昭和三四年一二月一日受付の

第三二八七五号所有権移転請求権保全仮登記

第三二八七四号抵当権設定登記

第三二八七六号賃借権設定請求権保全仮登記

の各抹消登記手続をせよ。

二、反訴原告の請求を棄却する。

三、訴訟費用は本訴と反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一、原告(反訴被告)訴訟代理人は「以下原告(反訴被告)を原告と、被告(反訴原告)を被告という。」

一、(原告の申立)

本訴につき「被告に対し別紙目録表示の不動産「以下本件宅地家屋という。」について東京法務局世田谷出張所昭和三四年一二月一日受付第三二八七五号所有権移転請求権保全仮登記、同第三二八七四号抵当権設定登記、同第三二八七六号賃借権設定請求権保全仮登記の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき「被告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、本訴の請求の原因および被告の主張事実に対する答弁として次のとおり述べた。

二、(本訴の請求の原因)

1  原告は本件宅地家屋の所有者であるが、本件宅地家屋につき、右一のとおりの登記と仮登記がなされている。その登記と仮登記の原因は、所有権移転請求権保全仮登記については原被告間の昭和三四年一二月一日の停止条件付代物弁済契約、抵当権設定登記については同日の抵当権設定契約、賃借権設定請求権保全仮登記については同日の停止条件付賃貸借契約にそれぞれ基いている。

2  しかしながら原告は被告との間にかかる契約を締結した事実がないから、被告に対し、右の登記と仮登記の各抹消手続を求める。

三、(本訴および反訴についての被告の主張事実に対する答弁)

1  後記第二の二の1の事実中訴外高梨貞次郎が原告の代理人である点は否認し、その余は知らない。

2  同2の事実は知らない。かりに高梨が訴外熊谷長門との間に契約を締結したとしても、高梨には、その契約締結の代理権がない。

3  同3の事実中高梨が百万円を受領したことは知らない。

4  同4の事実中原告が訴外東邦信建株式会社「以下東邦信建という。」代表取締役石川正行に対し代理人の選任を委任したとの点は否認するが、原告が東邦信建に本件家屋の二階増築工事を請負わせたこと、原告の白紙委任状、印鑑証明書と登記済証を渡したことは認める。その経緯は次のとおりである。

原告は昭和三四年一一月二日東邦信建に本件家屋の総二階増築工事を、工事金八〇四、五七〇円、工事期間昭和三五年二月末日として請負わせる旨の工事請負契約を締結した。東邦信建は原告が本件宅地家屋を担保として東邦信建の取引銀行たる訴外住友銀行中野支店から当初材料費として二〇万円を、訴外静岡相互銀行東京支店から工事金相当額を借入れることを(同銀行へは毎月二四、〇〇〇円ずつ三年間月掛預金して合計八六六、〇〇〇円を返済する約束)あつせんする約束であつたので、原告の白紙委任状、印鑑証明書と本件宅地家屋の登記済証を預けておいた。ところが東邦信建は原告に無断でその使用目的に反し、東邦信建の高梨に対する債務の返済資金を調達するため、右書類を高梨に交付したのであるから、高梨が原告の白紙委任状を所持していても、何等の代理権を有していない。

5  同5の事実中原告が右工事を東邦信建に請負わせたこと、原告が東邦信建に白紙委任状印鑑証明書と登記済証を交付した点は認める。

かりに被告主張のような事実が存在していたとしても、「代理権ありと信ずべき正当な理由」がない。すなわち高梨は被告からの借入れ金を右の工事金に使用する目的ではなく、東邦信建に対する債権の弁済として受領する目的をもつていた。被告と高梨とは本件取引以前は未知の間柄であつた。熊谷は右工事に関する請負契約の内容を確認していない。熊谷は高梨に全服の信頼をおいていなかつた。しかも契約の履行いかんによつては本件宅地家屋の所有権の喪失をきたすところの重大な内容をもつた契約である。これらの事情の下では熊谷は高梨の代理権の有無を本人にあたつて調査確認すべき義務があるのに、かかる方途に出ず、高梨の言を軽信したものであつて、熊谷には過失があつた。

四、(証拠)《省略》

第二、被告訴訟代理人は

一、(被告の申立)

本訴につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき「1被告が原告に対する昭和三四年一二月一日の金銭消費貸借契約に基く百万円、弁済期昭和三五年二月末日、利息・年一割五分毎月末日払い、特約・期限後の遅延損害金は百円につき日歩八銭二厘の債権について、本件宅地家屋を共同担保として設定された第一順位の抵当権を有することを確認する。2原告は被告に対し百万円およびこれに対する昭和三五年三月一日から支払ずみまで百円につき日歩八銭二厘の割合による金員を支払え。3訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および右2につき仮執行の宣言を求め、本訴についての答弁および抗弁ならびに反訴の請求の原因として次のとおり述べた。

二、1 被告の父であり、かつその代理人たる熊谷は昭和三四年一一月中に原告の代理人たる高梨から、原告において本件家屋の二階増築工事とその土台取替工事の資金として約百万円を必要としているとのことで借金の申込を受けた。

2 被告の代理人の熊谷は借金の申込みを承諾し、同年一二月一日原告の代理人の高梨との間に、次のとおり契約を締結した。

(一)、金銭消費貸借契約(貸主・被告、借主・原告、金額・一五〇万円、弁済期・昭和三五年二月末日、利息・年一割五分、利息支払期・毎月末日、特約・期限後の遅延損害金は百円につき日歩八銭二厘とする旨)

(二)  抵当権設定契約(右(一)の債権について原告所有の本件宅地家屋を共同担保とする第一順位の抵当権を設定する旨)

(三)  停止条件付代物弁済契約(原告が右(一)の一五〇万円を弁済しないときは、被告が代物弁済として本件宅地家屋の所有権を取得する旨)

(四)  停止条件付賃貸借契約(原告が右(一)の一五〇万円を弁済しないときは、被告が本件宅地家屋について賃借権を取得する旨)

3 熊谷は右契約に基いて原告主張のとおりの抵当権設定登記、所有権移転請求権保全仮登記と賃借権設定請求権保全仮登記を経由した直後、高梨に対し、右の2の(一)の約旨の一五〇万円の内(高梨が右工事に必要であると言つていた)百万円を手渡したので、少くとも右2の(一)の金銭消費貸借契約は百万円の部分につき有効に存在している。(その余の五〇万円は原告が必要ならば、直接原告に交付する約束であつたが、いまだ交付していない。)

4 高梨が原告から右2の契約締結の代理権を与えられた経緯は次のとおりである。

高梨は原告から代理人の選任の委任を受けた石川によつて、原告の代理人と選任された。すなわち、原告は本件家屋の二階増築工事と土台取替工事を東邦信建に請負わせると共に、石川に対し、本件宅地家屋を担保として右工事金を借入れるについての代理人の選任を委任し、原告の署名捺印のある白紙委任状(借入れ先と受任者の記載がない。)数通、原告の印鑑証明書数通と本件宅地家屋の登記済証を渡した。石川は右高梨に対し、右工事の下請負をさせるとともに、右委任に基き、高梨を原告の代理人に選任し、右書類を交付した。

5 仮に高梨に代理権がないとしても、原告が被告の代理人の熊谷に対し「高梨に本件宅地家屋を担保として工事金を借入れる代理権を授与した」旨を通知し、高梨がその代理権の範囲を超えて前記の2契約を締結して百万円相当の貸金を受領したのであり、かつ熊谷は高梨に契約締結の代理権があるものと信ずべき正当の理由を有していた。

したがつて原告は民法第一〇九条第一一〇条により高梨の行為について責任がある。すなわち、原告は右工事を東邦信建に請負わせると共に、石川に対し、本件宅地家屋を担保として右工事金を借入れることを委任し、原告の署名捺印のある白紙委任状(借入先と受任者の記載がない。)数通、原告の印鑑証明書数通、本件宅地家屋の登記済証、原告の住民票と債務弁済契約委任状(原告が東邦信建から将来借りる工事金を月掛弁済し、その担保のため抵当権を設定する旨の原告の署名捺印のある委任状)を渡した。石川は高梨に右工事の下請負をさせると共に、右書類を交付した。そして熊谷は前記の契約2の締結前に、右工事の下請負業者の高梨から右の白紙委任状を含む一件書類を示され、(したがつて原告が被告に対し高梨に代理権を与えたことを表示したものとみられる。)、しかも高梨は知人の訴外山崎治郎橋から紹介を受けたので、高梨に右契約締結の代理権があるものと信じた。

6 よつて被告は反訴をもつて共同抵当権の確認を求めると共に、原告に対し貸金百万円およびこれに対する弁済期の翌日たる昭和三五年三月一日から支払ずみまで百円につき日歩八銭二厘の割合による約定損害金の支払を求める。

三  (証拠)《省略》

理由

一、本件宅地家屋が原告の所有のものであること、ならびに本件宅地家屋につき東京法務局世田谷出張所昭和三四年一二月一日受付第三二八七四号をもつて原被告間の同日の抵当権設定契約(被告の原告に対する同日の金銭消費貸借契約に基く金額一五〇万円、弁済期、昭和三五年二月末日、利息、年一割五分、利息支払期、毎月末日、特約期限後の遅延損害金は百円につき日歩八銭二厘の債権について、本件宅地家屋を共同担保とする第一順位の抵当権を設定する旨。)によつてなされた抵当権設定登記、同出張所昭和三四年一二月一日受付第三二八七五号をもつて原被告間の同日の停止条件付代物弁済契約(原告が右の一五〇万円弁済しないときは、被告が代物弁済として本件宅地家屋の所有権を取得する旨。)によつてなされた所有権移転請求権保全仮登記および同出張所同日受付の原被告間の同日の停止条件付賃貸借契約(原告が右の一五〇万円を弁済しないときは、被告が本件宅地家屋について賃借権を取得する旨。)によつてなされた賃借権設定請求権保全仮登記が存在することは当事者間に争がなく、(証拠)によれば、訴外高梨貞次郎が原告の代理人として右同日被告の代理人の訴外熊谷長門との間に右契約を締結し、右貸金一五〇万円については、熊谷が高梨に対し、その内五〇万円を右契約締結前の同年一一月二〇日ごろ予め交付し、別に五〇万円を右契約締結と同時に交付し、残りの五〇万円はいまだ交付していないことが認められる。

二、高梨は東邦信建代表取締役の訴外石川正行によつて原告の代理人に選任されたので、右契約締結の代理権をもつているとの点について検討する。

(証拠)によれば次の事実が認められる。原告は昭和三四年一一月二日東邦信建に対し、本件家屋の二階増築工事を、工事金八〇四五七〇円完成日昭和三五年二月末日として請負わせ、工事金の支払方法は原告が東邦信建の取引銀行たる訴外住友銀行中野支店から本件宅地家屋を抵当として二〇万円を借入れた右契約の頭金とし、同時に東邦信建の指定した訴外静岡相互銀行東京支店の相互掛金八六四〇〇〇円(三六回払)に加入し、毎月二四〇〇〇円を払込み、同銀行から受けた融資を東邦信建に振込み、右工事完成後は当該家屋を同銀行に抵当に入れて工事関係費用相当額の金員を借入れ、住友銀行中野支店からの借金を返済すると共に、東邦信建の工事金の立替金をも弁済し、静岡相互銀行東京支店に対する借入れ金一口にまとめ、同銀行に対しては右の相互掛金の方法で返済する旨の契約を東邦信建との間に締結した。そして原告は東邦信建に対し右銀行から金融を受ける手続一切を委任し、昭和三四年一一月一五日ごろまでの間に本件宅地家屋の登記済証各一通、原告の署名捺印だけのある白紙委任状二通、債務弁済契約委任状一通、原告の印鑑証明書四通、原告の住民票一通等を東邦信建に預けた。原告はその際不安であつたので、本件宅地家屋は住友銀行中野支店に担保に入れるものである旨の記載のある念書「甲第三号証の四」を東邦信建に提出した。

以上の事実によれば原告は東邦信建に住友銀行中野支店と静岡相互銀行東京支店から金融を受けるについて、受任者の記入のない白紙委任状を預けて代理人の選任を委任したものと推認できる。しかしながら右各銀行以外の者から工事金の融資を受けるについての代理人の選任をも委任したことを認めるにたる証拠はない。

ところで(証拠)によれば、後記のとおり東邦信建代表取締役の石川が高梨に対し右白紙委任状を含む書類全部を渡したことが認められるが、これによつて高梨が被告から金借するについての代理人に選任されたということはできない。したがつて、高梨は前記一の契約締結の代理権を有していなかつたものといわなければならない。

三、表見代理について検討する。

(証拠)によれば、石川は訴外京浜信建株式会社の代表取締役をも兼ねていたが、高梨は同会社の下請負をし、昭和三四年一一月当時同会社に対し下請負代金約一四〇万円の債権を有し、これが未払のため経営資金に窮していた。高梨は同月一六日ごろから前記二の書類を使用して他から金融を受けるとの了解の下で右書類を借用し、同年同月二〇日ごろ被告の代理人の熊谷に対し、右書類内白紙委任状(委任事項と受任者の記入がなく、委任者の原告の署名捺印だけある。)、印鑑証明書と登記済証等を示して、自己が原告から本件家屋の二階増築工事を請負い、工事金百万円の借入れについての代理人である旨を伝えたことが認められ、この事実によれば、原告は熊谷に対し「高梨に工事金百万円の借用の代理権を与える、」旨を表示したものとみるのが相当である。

そこで、熊谷が高梨に代理権ありと信ずるにつき無過失であつたかどうかについて審究する。

(証拠)によれば次の事実が認められる。熊谷は訴外株式会社熊谷貿易商会の経営者であるが、その取扱製品の下請人の訴外山崎治郎橋が高梨に金融してやつてほしいと紹介してきたことから、高梨を知つたが、原告とは一面識もなく、山崎と高梨との間柄についても知らなかつた。熊谷は、信用していた山崎の紹介であるということと、高梨から前記のとおり白紙委任状、印鑑証明書、本件宅地家屋の登記済証を示されたことから、高梨に代理権ありと信じて、五〇万円を渡した。高梨は同年同月二〇日ごろ右書類を一旦石川に返還したが、同年同月二七日ごろ東邦信建から前記二の本件家屋の増築工事を下請負をするに及んで、京浜信建株式会社の高梨に対する下請代金の弁済として受領する金員を便宜上高梨において調達するため、再び石川から前記二の書類および原告と東邦信建間の工事請負契約書「甲第三号証の二」仕様書「同号証の三」東邦信建建築給付契約加入者約款「同号証の六」等を預つた。高梨は同年一二月一日その書類の内印鑑証明書と白紙委任状を使用し、司法書士に依頼して前記の登記と仮登記を経由し、告その登記済証を熊谷方に持参した。熊谷は山崎を信用して当初の五〇万円を交付したが、完全に登記と仮登記ができたので、間違ないとして別の五〇万円を交付した。その際熊谷は請負契約関係の書類の呈示を求めなかつたことが認められる。

ところで、右認定のような事情の下では、融資をしようとする者は、建築請負業者に対し、当該建築工事請負契約書等の呈示を求めるなどして、工事金とその支払方法等の契約内容について一応の調査をする注意義務があるものと解するのが相当であるが、前記認定事実によれば、熊谷はかかる方途にでず、高梨が自己の信用していた山崎の紹介できたので、高梨に代理権ありと軽信したものとみられ、熊谷にかように信ずるにつき過失があつたものということができるから、民法第一〇九条の表見代理の規定によつて保護するに値しないものといわなければならない。したがつて、同法第一〇九条の規定を前提として同法条と同法第一一〇条が競合的に適用されて表見代理が成立するとの被告の主張は失当であるから採用しない。

四、高梨は前記一の契約締結代理権を有しないから、右契約は原告に対し何等の効果を及ぼさない。

よつて被告は原告に対し右契約に基いてなされた所有権移転請求権保全仮登記、抵当権設定登記と賃借権設定請求権保全仮登記の各抹消登記手続をする義務があるが、原告は被告に対し百万円の貸金と損害金のいずれの債務をも負担していない。

五、そうすると、原告の本訴の請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第六部

裁判官 鹿 山 春 男

目録《省略》

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例